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May
22nd
Wed
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いわゆる【従軍慰安婦】の件。

これは日本の【犯罪】を相対化する試みではありません。
当時、違法なものは当時は違法です。
当時、合法なものは当時は合法です。

当時に合法だった行為を、現在では違法だからと言って裁く事は民主主義社会ではやってはいけない事です。それは「事後法」などとも言われています。

なぜでしょうか?

何故なら、例えば今日、タバコが違法でない国において、来月、タバコが違法になる法律が施行されたとしても、今月、タバコを吸った人は裁けないのです。来月にタバコが違法になってからタバコを吸った人は違法行為ですので、罪となります。

その「タバコ」を「飲酒」「残業」など何でも他の単語に変えて考えてみてください。
「飲酒」「朝礼」「恋愛」なんでも結構です。
今日、違法でないことを今日、行っていて、後から、遡及してあれは違法だったから罪に問うというのは恐ろしい独裁国家のやり方であり、「法治国家」ではないのです。

日本は法治国家です。
宗教国家でも人治国家でもありません。

現在の日本では売春は違法ですので、罪に問われます。
しかし、当時の日本では売春は違法ではなかった。
日本国による強制連行も無かった。
朝鮮半島の業者による強制的な行いがあったとするとその業者は誘拐罪などと罪に問われます。

そのような事柄を「日本国による強制連行があった」という嘘と、
売春という今日では禁止されていることを人々の今日のモラルに訴えて同情と金を得よう、或いは日本を貶めようという運動が韓国朝鮮の従軍慰安婦問題の本質です。
むしろ追軍売春婦だったというのが、現在の認識です。
日本軍は強制連行していない。
民間の売春施設が売春婦を募集していた。

当時、売春は合法だった。
つまり「追軍売春婦」である。

他国は軍が売春施設を組織的に持っていた。/以上

最後まで読んで戴きありがとうございました。

(via shinjihi)

韓国は法治国家じゃないし事後法もばんばん作ってるし、日本の通念が通用しないんだよね。そんな連中を応援するなど売国奴というも生ぬるい。敵性スパイとして処刑すべきである。

(via mzch)

(via clipcheck)

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(via yumingway)

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漫画家の漫画が当たるでしょ。僕のせんせがそうだった。

馬鹿当たりして、家まで買う事になる。
人気爆発の先生だと、編集者が家まで探して、ローン組むの。
家買わせると、ロ-ン払わなくちゃいけなくて、言う事を
より、聞くようになるから、都合がいいんだ。
サルまんにも同じような話があったけど。

でも、漫画家が、編集者より良い生活をしだすと、
やっぱり人間だから面白くないんですね。
中卒に、一流大学出が、生活水準で負けると面白くない。
こんどは、「なんかヘマやったら、野郎、面白いめにあわせてやる」とか
考え始めるんじゃないですか。

人気作が終了し、次回作に失敗すると、
「できるだけ悲惨な放り出し方をしてやる」とか思うみたい。

どうするかというと、簡単な話で、
甘い言葉で「次回作に期待してます。新しい作品、出来たら持ってきてください」
と言う。で、何を書いても、没にする。

「ウチじゃ、もう駄目だから、よそにいけ」なんて、絶対言わないですよ。
タチの悪いのは。
それらしい事言って「次に期待してます」の連打をする。何度も何度も。
「よそにいけ」なんつうと、まだ成功作のネームバリューで
漫画家に商品価値があるから、その時点で他所に取られると損するの。

だから、「いい感じですが、もうひとつ」の繰り返しで、
馬鹿な漫画家に期待させつつ、駄目だしを永遠に繰り返す。
漫画家はローンかかえて、ますます必死。駄目駄目駄目・・・・。

そのうち、必ず、その漫画家はぶち壊れます。

何描いたらいいのか、わかんなくなる。
そうしたら、放り出す。
担当も異動。ある日突然。

「もう、僕、ファッション誌だから」

漫画家は完全に壊れます。精神も家庭も、肉体的にも。
仕事場は、とっくに解散されてますが。

編集部は
「まあ、時代と合わなくなったからしょうがないよな」で終了なんでしょう。

そういうことを散々やって、笑い話のように話してた編集を
知ってます。

漫画家にも、編集者にもドロドロの怨念があるんですよ。
世間知らずの中卒、高卒と、
一流大学出たインテリの、埋められない溝も深いし。

「漫画家なんて、檻のなかの羊。おれたちは羊飼い。
家畜なんだよ、お前は。わかってんの?」
な~んて、あかるく話す正社員もいますから。

「漫画が好きで、漫画家目指してきて、ここまできて、そんなこと言われるなんて。
ちょっと言い過ぎでしょう!」
「そんなの芸能界と同じだろ。何処が悪い。当然じゃねえか。
ガタガタ言わずに当ててみな。」

そういう世界ですね。
理屈とか、あんまり通じない。

普通のビジネスの世界も、こんな感じなんでしょうか。
会社員やったことないから、よくわかんないです。
個人事業主とか、取引先とか・・・。
そんな世界じゃ、全然ないですよ。僕が馬鹿なだけかも。

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僕は手のひらサイズの板切れで電話やメールをしている。仮想空間で出会った相手と結婚してる人が職場に最低3人いる。画面の中の人口少女に恋してる奴もいる。電気自動車が走ってる。映画は3D。TVのニュースに放射能の雨に気をつけよと警告される。……時代はいつのまにか21世紀らしくなってた。
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バルスのことなんですけど。


大多数のネットユーザー諸兄はご存知かと思うが、バルスは天空の城ラピュタにおける「滅びの言葉」である。劇中ラストシーンにおいて、家伝の飛行石を手にしたシータとパズーが「バルス!」と叫ぶと、なんか飛行石がやたら光ってムスカさんが目が目が星人になったりラピュタがぶっ壊れたり、色々とエラいことになる。
「バルス=滅びの言葉」という図式の定着度・認知度はWeb上では恐ろしい程であり、ラピュタ放映時には実況板が「バルス!」の書き込みとAAで埋め尽くされるという。


まず考えなくてはいけないのは、このバルスという命令は一体何の為に用意されたAPIなのかということである。


ラピュタは人工物なので、当然設計者や開発者がいた筈である。そして彼らは、管理権限キーっぽい小さな飛行石に、複数のコマンドを用意している。「困った時のおまじない」であるとか、「滅びの言葉」がそれである。飛行石を身につけた状態でコマンドを口に出すと、命令が実行される。シンプルなAPIである。


ここで疑問が出てくる。単純に「管理キーである飛行石を活性化させるだけのコマンド」と思しき「困った時のおまじない」ですら、「リーテ・ラトバリタ・ウルス アリアロス・バル・ネトリール」などというやけに長いコマンドであるというのに、何故「自爆コマンド」であるところの「滅びの言葉」が「バルス」などという超シンプル過ぎる三文字なのか?


普通に考えると、管理者権限の持ち主がたった三文字の言葉を発しただけで、操作確認もなく都市が自爆するとか正気の沙汰ではない。lsコマンドを打ち間違えただけで停止するシステムを想像してみるが良い。怖くて住めないだろそんなとこ。

そこから類推すると、「実はバルスは自爆コマンドでもなんでもなく、他の意図で用意されたコマンドなんだけど使い方間違えて伝わってるんです」と受け取った方が妥当なんじゃないかと私は思うんだ。


私が推すのは「実はメンテナンス用のコマンドです」説である。


バルスを実際に使用した時大雑把に何が起きているかというと、

・でっかい飛行石がめっちゃ光って上昇する
・なんかラピュタのエンジンっぽいところがばたばた暴れる
・釜の底が抜けてラピュタ崩壊

という感じである。

ここで気をつけなくてはいけないのは、崩壊しているのは飽くまで周囲の建造物だけであり、巨大飛行石は絶好調に作動中ということである。いってみれば、異常を起こしているのはエンジンとのsession部分であり、エンジンそれ自体ではないのだ。

システム的に考えると、これは「アプリを停止していない状態でDB止めようとしたらロック取り巻くってエラいことに」みたいな状況に近しい。つまり、「本来はアプリ停止してから使用しなくちゃいけないコマンドなのに、無理矢理abortしたらそりゃぶっ壊れますよ」という状況ではないかと想像出来るのである。多分コメント行を読んでみれば「ちゃんと周囲の施設停止してから使用してね!」とか書いてあるに違いない。歴代の管理者が読めていなかった可能性は非常に高く、ラピュタ開発者が草葉の陰からラストシーンを見ていれば、「アプリ止めないでいきなりabort叩くなwwwwwww壊れるだろアホかwwwwwwwwww」とか思っているかも知れない。


ラピュタ開発者の迂闊なところは、フールプルーフを全く考慮していないところだ。「間違っていきなりこのコマンド叩かれたらどうすんの」的視点が完全に抜け落ちている。本来ならバルス使用時には「アプリが停止されていません。このまま実行するとラピュタが壊れる可能性がありますがよろしいですか?(y/n)」「本当によろしいですか?(y/n)」とか5回くらい聞きなおすようにしなくてはいけない。ここについては積極的にラピュタ開発者の責任を問うべきだと思う。ムスカさんも多分そう思ってると思う。


結論としては、

・バルスは実は自爆コマンドではないのではないか
・ラピュタ開発者はフールプルーフの考慮が甘い
・ムスカさんは開発者に怒っていい


というとてもどうでもいい三点が導かれるわけである。よかったですね。>私



今日はこの辺で。
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「米Yahooに買われるとロクなことにならないだろう」という反応が世界的にここまで大きかったことに改めて感慨を覚えざるを得ません。
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(via 4gifs)

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岡田よ、お前んとこのハマグリはどういう肩書きでどういう名目で北朝鮮に行ったんだ?
有田はどういう肩書きでどういう名目で北朝鮮に行ったんだ?

お前らの頭が不思議だよw

105 :名無しさん@13周年:2013/05/21(火) 23:37:26.39 ID:graptJPS0
お前んとこの鳩山にでも言っとけ

113 :名無しさん@13周年:2013/05/21(火) 23:41:17.16 ID:xSBfQaTOO
民主はフシギちゃんのスクツ

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日本の政治家がサウジアラビアに「この国は石油が豊かでうらやましいです」と言ったところ、「我々には水の豊富な日本の方がはるかにうらやましいです」と返されたとか。

中東やアフリカや中央アジアなど水の不足している国にとっては水がふんだんにある日本人が「わが国は資源のない国」なんて言っているのを聞けば「ふざけんな!」という感じでしょうね。

加えて水産資源の豊富さも日本は破格な部類です。

要するに「日本は資源のない国」というのは「日本人は水と平和を只だと思っている」という理論から来ているんでしょうね。

世界的に見れば水とか塩とか人間生存の根本に関わるような資源に困っている国の方が遥かに多く、

周辺海域のいたるところで水産品が取れる日本なんてのはむしろ天国なんでしょうね。

おそらく、この「日本は資源のない貧しい国」という言葉は

明治以降の日本の対外進出を正当化するために作られた言葉かと思われます。

「日本は狭く資源がないのだから対外進出しないと生き残れない」みたいな理論で、

少なくとも明治以前の日本人に「日本は資源のない貧しい国」なんて概念はなかったでしょう。

そして、この言葉が戦後でも生き続けているのは「日本は資源がない貧しい国だからアメリカとの戦争に負けた」という正当化理論と

「日本は資源のない貧しい国だから勤勉にならなければならない」という理論からでしょうね。

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原子力が原子が崩壊する際に発するエネルギーだとすれば
女子力は女子が崩壊する際に発するエネルギーなんだぞ?

女子力 - 電網辻々噺 (via koichiroh)

半減期10年で別の物質に。

(via myk0119)

(via 10000000000yen)

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昼にTLでも見たけど、痴漢は被害者がやられたと言われれば事実認定され、冤罪も産み出すのに、いじめと自殺になると、誰も見ていない、加害者がやってないと言っているだけで事実無根と片付けようとする。なんなのこのダブルスタンダードは。
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僕を含め、25歳を過ぎて本格的に「彼女いない歴=年齢」に拍車がかかっていく人たちは、単に「モテない」というくくりでは語れないものを持っていることが多い。

28歳処女を主人公にすえた「Hatch」(村上かつら)は、そういう部分を飛び抜けてうまく描き出している。

「Hatch」の主人公、宮下のえみは決して不美人ではない。飛び抜けて「かわいい」とも描写されてはいないが、少なくとも恋愛において容姿が重要な問題になるタイプではないだろう。

彼女の“理由”は、呪縛にも似た母親との関係に求められている。異性関係を毛嫌いする厳しい母の影響で、なんとなく恋愛から遠ざかっていたという、一見すごく特殊な理由で、まったく同じという人は少ないだろう。だけど、のえみの感性はリアルだ。

たとえば、親戚に「いい人はいないのか」と聞かれるシーン。「いない」と答える彼女に、まわりの大人たちは「かわいいのに」と口々にいう。それに対してのえみはモノローグで語る。

「――ごめんなさい 年上の 心やさしい女性からの 『かわいい』は」
「受け取るたび 老ける気がして」。

このモノローグは、心の機微として鋭いとともに、のえみというキャラクターをよく表している。

いつの時代も大人たちは、派手すぎる子どもに眉をしかめ、清く正しい子どもを褒める。それはそれでどうしようもないし、社会システムとして正しい。だけど、大人たちのいう「かわいい」は時代遅れだったり、同世代の特に恋愛分野では「つまらない」にも近い。だから、子どもたちが大人になるには、どこかで“大人”が眉をしかめる振る舞いを身につけなくてはならないのだ。

のえみは、大人になり損ねた人なのだと思う。

誰かの子どもであるという自己認識には、明確な出口がない。働き始めることで社会人としての自分は手に入る。だけど、それだけで大人にはなれない。なんとなく大人らしくはしてくれるけど、誰かの子どもであるという時代を終わらせてくれるわけではない。そして、そうこうしているうちに、周囲は着々と結婚し、“子ども時代”を終わらせて、親になっていく……。

お見合いや親の決定など、かつて人を強制的に子どもから親へシフトさせていく機構は、自由主義化した恋愛市場では存在しない。「性の乱れ」という言葉で、異性関係を封じ込めようとする大人たちの建前に、上手に逆らえなかった、清く正しくのんきな子どもたちは、ある日突然、経験豊富な同世代の市場に放り出されてようやく気付くのだ。自分はもう十分に大人であり、残された時間は少ないのだ、と。

結婚は現代では決してマストではない。そうでない生き方を、僕らは選択することもできる。だけど、自分の意志で選択できず、結果的に選ばされることは不幸だ。大人になるというのは、自らの意志でその選択を行うことでもある。

「孵化」を意味する「Hatch」というタイトルは、そういう子ども時代の終わりを予感させている。

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妻が夫に「早くに子供出来て結婚したこと後悔してる」と言うとしたら、妻が本当に後悔しているケースよりも、「そのことをネタにして夫に慰めて(or何らかの感情的なケアをして)もらいたがっている」ケースの方が、圧倒的に多いだろう。
顧客の言うことを字句通り鵜呑みにしていては要求分析できん